年末のテレビ、ルソンの壷でタケモトピアノを紹介していました。
ピアノを再生する技術がすばらしい。ちょっとの小傷など新品同様、ツルツル!
音の調整も完璧。ピアノを購入したタイの家族はニコニコ。
なんだかハッピーな商売なんです。
テレビをみていた我々夫婦、同時に「うちの実家のピアノも買い取ってもらお!」と叫んでいました。
テレビでは40年前のピアノを15000円で買い取ってもらっていました。最高で100年くらい前のピアノも引き取った事があるそうです。
まず夫が電話。
やっぱり40年くらい前のピアノで、無料にしかならない。しかも3階にあるということもあり1万円配送代を出してくれたら引き取ってもいいと言われたと。搬送に手間取りそうだけどやってみましょう、と引き取りにきてくれました。でも細い階段に断念。入れるときは多分専門家が窓からいれたんでしょうと言われたそうな。ピアノはそのまま残りました。
びくびくしながら今度は私。
46年くらい前のピアノだけど15000円で引き取りますと。え、ほんまー
昨日引き取りにきてくれました。いろいろまたチェックされたけど査定は変わらず、200キロを越すピアノを二人で引き取ってくれました。
ピアノがなくなって部屋は少し広くなり、さびしくなりました。小学校の頃に練習したことを思い出します。今度はどこに行くのかな。また子供たちを喜ばせてほしい。電話してよかったな。元気でいろよ、と思います。
そうだ、カーネーションに出てくる糸子の子供たちの所に飛んでいってほしいくらいだわ 
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
2012年が皆様にとってよい年になりますようお祈りいたします。
いろいろなことがあるでしょうが、笑顔でいきましょうね 
あいもかわらぬいつものおせちです。

写ってないけどマクロビ風の甘くないきんとん。リンゴが入って、レモンとしょうがの風味。甘いきんとんとはまったく別物だけどお気に入り。
レシピよりしょうがとレモンを多めに入れています
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
昨日でお茶のお稽古も今年最後でした。寒くなったのでウールの着物で行きました。思えば、今年は本当にお茶に近づいた年でした。。。。
母は実家でお茶の先生をしていたので、その母の闘病期間には、お社中に代稽古をしてくださる先生について皆さんと一緒に稽古し、その先生のご自宅にも別の日に伺い、また私のもともとの先生のところにも通って、週に3日もお稽古していた時期でした。まさにお茶漬け
早く母のお手伝いができるように、とのご配慮で特訓していただいてたんです。私は母には子供の頃に少し教えてもらったきりでした。ずっと教えてもらっていたらと思いますが詮無いことです。
母が亡くなり、代稽古はなくなりましたが社中ごとそのままその先生に教えていただいています。もともとの先生には月に一度花月にいれていただくだけとなりました。
お二方とも母への思いがあり、それを私にと思われるようで、過剰ぎみの愛が少しプレッシャーですが、ありがたいことです。
今のお稽古は月5日ほど。
教室が変わるととても刺激になりますね。母のお弟子さんでもあった新しい先生のもとで、あまりお目にかからないようなお手前も練習でき、恵まれてるなあと感じます。昨日は廻り炭をしました。ちょっと気がとおくなるくらい難しかった
先日は軸荘付花月をしたし、こんなのもうすることないのではと思ったりもします。
お社中の方々はとてもてきぱきしていて感嘆するばかり。少し前の稽古茶事では亭主の役もさせていただき、人をお招きする楽しさも知りました。お茶を習っているのはやはりこのためなのだなあと改めて気づいたような感じ。
はやく教えられるようになって! とことあるごとに言われるのにはちょっと閉口ぎみですが、なんとか続けています。お茶の先生になろうなんて思った事はなかったのに、そういうふうに周りは見ていて、わたしもお茶は好きだし、まあこのままやってみるか、って感じ。
あまり重荷に思わず、また父や義父の介護などこれからいろいろなことがありそうだけど、楽しくやっていけたらなと思います。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
先日はクライミングをやっている連れ合いの誕生日だったので、スノードームを作ってみました!

すごいでしょ〜
なかなか会心のできです。
ちょっと近寄ってみますね。ちゃんとビレイヤーもいるんですよー。

反対側にもお姉さんが!

この人たちはミニチュア模型で有名なプライザーのフィギュアでフリークライミングというのがあったので利用してみました。石は夫のホームゲレンデ、香落渓の岩です。完璧
クラックじゃないけどね。
スノードームキットは東急ハンズ心斎橋店が充実していました。作るのはなかなか楽しかったです。
水に粘度をつけるのにグリセリンをまぜるというサイトがあったので試してみましたが、スノーフレークが浮いてしまい落ちてこないので、液体洗剤を一滴、というのがいいように思いました。
連れ合いは実はペンギン好き。おまけでこれも!

| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
糸やん、かいらしなあ。
かっこええなあ。
がんばっとるなあ。
毎朝あれ見とったら、なんや元気になる。私もがんばらな、て思う。
お父はんもお母はんもおばあちゃんも、皆ええ味だしてる。
心斎橋の百貨店の支配人も、ええこと言わはる。
すごい人ばっかりや。
まだ19歳の糸やんに勇気もろてる。
「おひさま」で、なんや消化不良やったけど、元気な糸やん見とったら、すかっとするわ
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
ムーミン童話のうち『ムーミン谷の彗星』『たのしいムーミン一家』『ムーミンパパの思い出』『ムーミン谷の夏まつり』の4作は本国で初版が発行されてからも何回か改訂され、1968年に最終の改訂版が出されています。
どの本だったか日本語訳が始めて出るときに、1968年版をテキストとして出版される事をToveさんが喜んでいた、という訳者の後書きがありました。日本版は全て最新の版をテキストとしているわけで、何となくそれが当たり前のように思っていたけれど、どうも他の言語ではそうではないようです。

上のふたつ、両方とも『ムーミンパパの思い出』の英語版なんです!
題名まで違いますが、右の薄い色が改訂される前の版を原本に、左の濃い色が改訂版を原本にしています。
右のうすい色はpuffin books のThe Exploits of Moominpappa。昨年同じ表紙で表題が違うもの、左の Moominpappa's Memoirs が刊行されたので、あ、とうとうpuffinもテキストを改訂版にしたのか!!と取り寄せてみたらなんとサイズが違います! あれあれ?と、中身を見てみたら。
勝手に Puffin Books だと思っていたけれど、そうじゃあないんです。右のPuffinは英国のPenguin Book の児童書版で、左の方はアメリカの別のペーバーバック。マクミランが児童書を発行していた出版社いくつかを吸収合併したのか、Square fish という名前で装丁や体裁を変えて発行しているものみたいです。どうして同じ表紙なんでしょうね?
Puffin booksは1966年にcopyrightをとっているので1956年版。
Square fishは1994年にcopyrightをとっており1968年版というわけですね。そして前書きに Rev. ed. of The Exploits of Moominpappa. 1966 とありました。
つまりPuffin Books では今も古い形のお話をそのまま採用していて、Square fishは改訂版つまり最新版を採用しているということなんです。
Puffinでは1960年台からムーミン童話を出しているようですが、何回か表紙のデザインは変更しながらも中身はまったく変わっていない様子。私が持っている1970年代のThe exploits of Moominpappa とこの右側のものの中身は寸分違わず同じでした。2000年代になってこの表紙のシリーズで展開しているようです。
こうなると、また他のお話もどの版なのか気になるところです。これで日本語版とイラストがちがっている謎もとけたなーという感じ。また改めて記事にしたいです
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
ずっと音沙汰がなかった友人と会ってきました。
半年ほど前メールをしても返事がなく、何か大変な時期なのかもしれないなと思い、心配ながらもそのままでした。つい最近、変わらず元気そうなメールがあり、昨日彼女の家を訪ねました。
長かった髪をショートにして、少しやせていたけれど、私は母の話など聞いてもらい、彼女の仕事の手伝いをして、もうおいとまする頃。彼女は保育所に子供のお迎えに行くと言います。
ふと棚の上を見ると、アラビアのヘルヤのうさぎたち。お母さんと男の子、女の子うさぎ。私が第2子の女の子誕生の際にお祝いにあげたものです。
「あ、あれね。お父さんがいなくてさびしかったけど、お父さんも少し前に出たんだよ」
そうしたら。
ふと表情を変えて「死んじゃったんです。急に」と。
え、と聞き直す私。堰を切ったように話し始める彼女。背負っていた重い物と自分をコントロールできなかった結果の行為だったと。何もできないままに逝ってしまったと。
私は母の病気の介護を経験し、その死でどれだけ後悔があったかしれません。
そしてこれからもこのままこの後悔をかかえて生きて行くのだと思います。
でもこんなふうに愛する人を失ってしまった彼女の後悔はどんなものか、想像もできません。ただ、生きてくれさえいたら。その魂からの願い。痛いほどわかります。
小さな5歳と2歳の子供が救いだと。保育園で再会したお兄ちゃん、急に大人になったよう。お母さんの仕事を手伝ってくれてありがとうと言いました。
自分のこと「おれ」って前から言ってたかな。
お父さんウサギ、贈ってあげようか、ちょっと迷っています。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
萩は城下町で夏みかんの町。とマンホールが言っていますね! さびたマンホールがみかんの色にぴったり。


海と古い土塀の町並みが美しい、静かな町でした。観光地なんだろうけど、時が止まったような感じ。
そして萩焼の町。魚介が豊富!
買ったのはお茶に使う建水とお茶碗、古い煎茶碗、さざえの箸置き

そして夏みかんの丸まま砂糖漬け! 中にあっさりした白あんが詰まっていました。

あとわかめのふりかけ、夏みかんのジュースなんかも! 買い物って楽しいですね〜
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
角島から萩への移動中に、長門の仙崎という町に寄りました。ここは金子みすゞさんの生まれ育った町で注目を集めています。
震災の時のTVCM「こだまでしょうか、いいえ誰でも」というフレーズは印象的でした。
わたしは一昨年山口を訪ねるまではこの人のことは知りませんでした。なぜ知ったかというと「金子みすゞ号」という列車が走っていたからです。残念ながら乗ることはできませんでしたが、ああ、そういう人がいたんだなくらいの認識でした。
今の小学生のほとんどは国語の教科書でみすずさんの詩に親しんでいるそうです。そして今年のCMでブームになったのでしょうか、小さな金子みすゞ記念館にはツアーのバスまでやってきていました。
地方の小さな町の童謡詩人の記念館には不似合いな、人々の熱気と真剣さの感じられる参観でした。子供連れのお母さんが多かったですが、大人も子供も、一つ一つの詩を食い入るように見つめていました。26歳で命を終えた天才詩人の生涯は自分のそれと比べるとなんと密度の高いものだったのかとため息がでます。
金子みすゞ 1903年(明治36年)〜1930年(昭和5年) 20歳の頃から雑誌に投稿を始め、西条八十にも認められかなり注目をあびた存在だったようです。結婚出産、死で世間から忘れられていたのを、ある人が掘り起こし、全集を発行しました。それが1984年。
もっといろんな詩を読んでみたい、その思いが埋もれていた金子みすゞを再発見するきっかけだったそうです。そう、この人の詩にひとつ触れたら、誰だってそう思うのではないかしら。
女の子
女の子って
ものは、
木のぼりしない
ものなのよ。
竹馬乗ったら
おてんばで、
打ち独楽するのは
お馬鹿なの。
私はこいだけ
知ってるの、
だって一ぺんずつ
叱られたから。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
9月の3連休で山口県の秋芳洞、長門湯本温泉、角島、萩を旅してきました。
角島は以前行ったときは大雨で海も濁っていましたが、今回はきれいな海を満喫してきました。
日本海とは思えないですね! サーフィンしてる人もいましたよ。

実は夫が47歳にして運転免許をとったのです。新幹線で新山口までいき、レンタカーを借りて回りました。きついカーブの度に緊張
していましたが、楽しい旅になりました。

秋芳洞の入り口ちかくでこんなものを作って売っていました。
ほんものそっくり!
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
ベランダのメダカの稚魚たちの中に、いつも石の上で一休みしているのが一匹います。

こいつはだいぶ前にふ化したんだけれど全然大きくならないで、あとからかえったチビたちに追い抜かされて、ずーっとチビちゃん用のバケツにいます。
色も少し黒っぽくてほかのとはちがうんです。ほかのといっしょに泳いでるときもあるけれど、だいたいが下の方にいて、気がついたらこの石の上で休んでいます。
たぶん体調がよくないっていうか、奇形かなにかをもっているのかな。
でも大人になってほしいな、と見守っています。
付録。しばらく前の写真ですが、ばった、ホテイアオイを食す図。
引き離しても引き離しても、水に浮かんでるこのホテイアオイにもどっていました

| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|

ムーミン谷の夏まつりより。
このイラストは日本語版には採用されてないみたいですね。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
毎月送ってもらっている野菜の荷物の中に、ハスのつぼみが入っていました。
この季節にはいつも入れてくれているのですが、咲いたためしがありませんでした。

それがみるみる開いて、次の日の朝には満開です。

そして夜にはみな散りました。花びらはお風呂に入れてみましたよ。

| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
ほかにも幼虫がいて、さなぎになろうとしていました。

この蝶のさなぎは逆さまになるタイプみたいです。
はんぶんなりかけ? いもむしの衣を脱いでいるとか。

でもこのさなぎ、次の日に見に行くとどこにもいません。
こんな目立つところでさなぎになったので、きっと鳥にでも食われてしまったのだろうと思っていました。
そうしたら、次の日、プランターの向こうに横たわっているのを発見!
スミレの葉っぱがもう全くないので芋虫たちの争奪戦になっていて、きっと蹴散らされたのだと思います。
もう死んでいるのかな。。。と心配しましたが、つかんでみるとくねくね動いたので容器に回収しました。無事に羽化できるか気になります。。

| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
ベランダにスミレの鉢がいくつかあるのですが、しばらく前から芋虫が食い荒らしていました。今回はなんとなく優しい気持ちになって、ちょっとそのままにしといてやれ、と放っておきました。
こんなやつです。ちょっとにくたらしいですね。

そうしたら、さなぎができていましたよ 


昨日の朝はこんなになっていました。無事に飛び立ったようです。ツマグロヒョウモン。

付録。毎朝同じ葉の上でひなたぼっこしているかわいいバッタ。
どこから来たのかな。

| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
母は雨と共に天に召されていきました。
季節はもう夏ですね。この半年あまり、季節も時間もわからず過ごしてきましたが、また地に足をつけながら、母のことを思う毎日を送ろうと思います。
ブログもまたぼちぼち書きますね。お茶や中国語、ムーミンたち。もうちょっと待っててね。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
お天気のいい日曜日。
ベランダに洗濯ものを干して、そのまま椅子をだし、本を読みました。
朝の日差しが心地よく、お日さまに抱かれているような。
森下典子さんという人の『日日是好日 お茶が教えてくれた15の幸せ』 その中の一つの章。
人生におきる出来事はいつも突然。たとえ前もってわかっていたとしても、心の準備なんかできない。初めての感情にうろたえ悲しみ、そうなって始めて失ったものは何だったかに気づく。
だからこそ会いたいときには会おう。好きになったら告白しよう。恋をしたらおぼれよう。花が咲いたら祝おう。うれしかったらわかちあおう。幸せなときはそれを抱きしめて100パーセントかみしめる。
一期一会とはそういうこと。
そうね。たとえ何が起こるかわかっていたとしても、心はその準備をしないだろうと思う。
年を取った父親との会話なんかとても努力を要して、父の気持ちを顧みなくなっている自分をちょっと反省。一期一会、積み重ねですね。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
未曾有の地震に、被害の大きさを目の当たりにして声もありません。
被災された方には心からお見舞い申し上げます。
テレビの映像を見て自然に涙がこぼれます。これが現実なのかと。
あっというまに数千の命がきえてしまった、これが現実かと。
実家の母がいま闘病中です。非常に希な、また予後の悪さは否定しようのないがんです。見つかった時に医師は最期までのストーリーを描いてみせました。
それをはねかえすべくこの数ヶ月奔走しています。ストーリーにしたがう医師たちを見返してやりたい、母を助けたい。たった1つの命を救うために今の自分のすべてをかけています。
でも、数百、数千の命が一瞬に消えていったこの現実。私のやっていることは一体なんなのでしょうか。命の重さは比べられないと思う。でも被害の甚大さを思うと胸が痛みます。
もし母の命がまだ途切れることなく続くなら、何も準備もなく消えていったたくさんの命、その思いを胸に生きていってほしい。
そして今ここにいる私たちも、ここに存在している幸運をかみしめて生きていきたい。そう思うばかりです。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
所用があって東京に一泊して夜行バスで帰ってきました。二晩友人と会い、楽しく過ごしてきました。
でも不慣れなところは疲れますね。東京は人がいっぱい。以下思ったことです。
・必要に迫られ何人にも電車の乗り方をたずねました。一般の人に聞くと皆わからないと言います。駅員さんに聞いてと。駅員さんは不機嫌そうに簡単にしか教えてくれません。だからまた別の人に聞くことに。友人曰く「駅員さんは無愛想が普通。親切だとうれしいね」。駅員さんサービス向上お願いしますよ。
・花粉症なのかマスクをしている人がすごく多いですね。一日目治療中の仮の歯が抜けて、恥ずかしくてマスクをしていました。花粉症の人に紛れて一安心。友人曰く「花粉症プラス話しかけてほしくないっていう意志表示かな」。確かに私も話しかけてほしくなかったわ。
関西人はあんまり東京の言葉が好きではなくて(ゴメンナサイ!)、関西の電車の中で東京言葉が聞こえるとなんだか空気が違いますね。でも反対に東京に行くと親切にしてほしかったり。勝手なことだわね。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
もう2月ですかー。立春も過ぎ、春がまちどおしいですね。
さて、我が家では毎日玄米を炊いていますが、やっぱり長く水に浸けていた方がおいしいので、午前中にお米を洗うように心がけています。ちなみに圧力釜ではなく、普通の炊飯器の白米モード。これが玄米モードよりおいしく炊けますのですよ、我が家の炊飯器では。水加減はプラス1合の目盛りでね♪
ときどきは普通の土鍋をガスコンロにのせて炊いたりもします。
心がけてはいるものの、なかなかそう都合良くいきません。昨日もだらだら休日を過ごしていたらもう夕方になってしまいました。
そこで試したのが、お米を洗ってお湯につけておくやり方。洗った後、80度くらいの熱いお湯で浸水し、1時間待ってから炊飯器のスイッチを入れました。
そうしたらば、いい感じに炊けたのですよ
あんまりもちもち感はなかったけど、これは使えるかも! 皆さんもお試しくださいね〜。 もしかして全然浸水しなくてもいいのか?は今度やってみようと思います。でもちょっと無理っぽい気もするなぁ。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
お正月休みに小辺路を歩いてきました。久しぶりに本宮までたどりつきました
しばらく周辺ばかり歩いていたので感動的。しっかりお願いしてきましたよ
地図はこちらとこちらです。
十津川は大阪からでもとっても遠いので、電車、バスで十津川温泉まで行って一泊し、次の日早朝から歩くのが一般的です。一日目は谷瀬の吊り橋を渡ってきました。強風だったのでちょっとこわかったです。

翌日谷瀬の吊り橋のちっちゃい版、柳本橋を渡って、果無峠までえんえん登りです。しずかな果無集落での霜柱。都会ではとんと見かけなくなりましたね。

八木尾の集落までずっと西国三十三カ所の観音様が見守ってくれます。果無峠近くでは雪道でした。

この観音さんは三十三番から一番までずっと続いているのですが、三十一から三十三まではルートが外れています。できればお参りしたかったのですがそうすると熊野古道が続かなくなるので残念でした。一番の観音様はルートから少しはずれていますが探しながらお参りしてきました。倉庫のような公民館の庭にあります。写真のお堂の左横です。

三軒茶屋で中辺路と合流。中辺路と小辺路の道分け石がありました。そうだ、私たちは高野山から来たんですよ!遠かったなあ。

本宮ではお参りをしておみくじを引き、絵馬をつって帰ってきました
付録。熊野本宮にも亀石がありました! 飛鳥が本家と思うけれど、伊勢にもあったし全国にあるのかな??

熊野古道の目次のページを作ってみました。他の記録も覗いてみてください 
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
このつたないブログを読んでくださっている皆さま、いつもありがとうございます。今年皆さまがお元気で過ごされますように、たくさんの幸せが訪れますように、お祈りしていますね 
今年のおせち、いつもと変わりないですが、夫が盛りつけてくれました。ちょっと斜めからの写真です。

| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
神様はその人が乗り越えられない苦難は与えない、といいますね。
いまこの苦難は自分が成長するために与えられているものであると、だれもその時には思わないでしょう。
今わたしの持つこの不安、苦しみも、また私には必要なものであるのでしょうか。
今この世にいるすべての人がいろいろな苦難をかかえていると思います。
それが少しでも軽くなりますように。それを乗り越えることで魂が浄化され、人間として清い存在になれますように、クリスマスの日に祈ります。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
師走も半ばを過ぎ、みなさまお忙しくなさってることでしょう。
すこしだけ幸せのおすそわけを 

裏です。

缶にもあるんですね! ハッピーエビス
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
今日お茶のお稽古に行ったらば、先生のお友達がお稽古にいらしてました。みたことのない奥のお手前、大円の真というお手前だそうです。
大円の草なら、ぺーぺーの私でも何度かお稽古してもらったこともあったのだけど、この真バージョンは古袱紗で茶入れや茶杓をきよめたり、あれまーってな感じの複雑なお手前。わざわざなんであんな難しいお手前があるんでしょうね。
そのあとで台子を使ったお薄をさらっとお稽古。先生が用事で席をはずされているあいだ、その方にいろいろ教えていただきました。日頃言われないことをたくさん注意してくださり、よかったー
違う目でみていただくのはホント必要ですね。
その後その方のお土産、マイスター工房八千代の有名な巻き寿司をいただきました! 私は初めてだったけど、具がすごいボリューム
キュウリなんて縦割りで半分はいってました。予約なしでは買えないものだそうです。
田舎暮らしの楽しいお話をうかがって、あー田舎に住みたいなあ、なんて思いました。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
Drawn and Quarterly社の英語版のムーミンコミックス。Toveさんのお話が終わってしまいましたが、そのまま続けてLarsさんのコミックも出版してくれるようですね。
そんなうわさを耳にはしたけど、無理やろーと思っていました。だって52作もあるんだもん。あと10年以上かかるやん?
でも今日これを発見して、あ、ほんまに出るんや〜
と万々歳です 

Moomin Book 6
The Complete Lars Jansson Comic Strip
2011年6月発行なのに、もう予約できるようになっていますね。あーこれで、なんだか安心しました。予約しなくっちゃ、って早すぎ?
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
先月お大師さんで買った急須。むっちゃ変なんです。

力こぶですか!

これは八咫烏? 三本足ですねえ。

あやしすぎませんか???!

いや、もしかしてあるところでは普通に使われているものかもしれません。ご存知の方はご教授くださいませ 
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|

コミックスを見ていたらふとこんな顔のミイに目がとまりました。
ちょっと目をうばわれちゃった。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
パタゴニアのセールを探してブログを訪れてくださる人が最近多いです。そういえばOPAなんかもうセールやってますもんね。
パタゴニア直営店のセールは遅くて、冬は2月、夏は8月に開催されているようです。
パタゴニアのHPでメルマガの登録をしておくと時々来るメールに案内がありますので、登録されるとよいと思いますよ〜
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
だいぶ前になってしまいますが、ずっと気になっていたムーミンの辞書をフィンランドから取り寄せてみました。2009年Schildts社発行の Muumilaakson kuvasanakirja, suomi-englanti です。

ムーミンの原作挿絵を使った、フィンランド語ー英語のピクチャーディクショナリーですね
1200語の単語が紹介されているそうです。
この同じ表紙でフィンランド語ースウェーデン語版もあります。
さらに表紙を代えて、スウェーデン語ー英語、スウェーデン語ーフィンランド語版もあるようです。こちらの題名は Mumindalens bildordbok。知っていたらこっちにしたかも〜。
私が購入した頃はSchildts社に在庫がなくて、フィンランドの他のサイトに注文しました。フィンランド語しか使えないところで何度も悪戦苦闘した結果、やっぱり英語が使えるサイトで購入したのでした
始めに挨拶とメンバーの紹介があります。英語とフィンランド語で一緒なのでしょうね、きっと。

一日の始まり。こうやっていろんなシチュエーションを挿絵で作って、単語を導入しています。


イラストがオールカラーなのできれいですね〜 


にょろにょろが奇数だけじゃないのが証明された?!

考えてみればトーベさんのイラストは、天気の悪いシーンばかりかも。



紙質もよく、りっぱな本です。眺めているだけでも、あ、これはあのシーンかな、と想像したり楽しめますね。って、それだけで終わりそうですけど。
いつかこれで勉強するかなぁ。。。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
最近のコメント